事業のご案内

社会の少子高齢化が進み、健康であることが幸せや豊かさの基本となっている今、暮らしの中で、また医療の現場で、より安全で効果的な薬が求められています。
私たちは医療用医薬品や一般用医薬品(OTC)など、さまざまな医薬品をお届けして、時代のニーズと健やかさへの願いに応えています。

医療用医薬品

かけがえのない命を守る使命を果たすため、さらに安全で、より確かな品質を追求し続けています。
現代の医療が求める高度な専門性や多様なニーズに応えながら、内服固形剤、DPI製剤、内服液剤、外用液剤、軟膏剤、点眼剤、眼軟膏剤など、さまざまな剤形の製品を開発・生産し、高い信頼をいただいています。

一般用医薬品(OTC)

大手製薬メーカーとのOEM製造を通じて、全国のドラッグストアや薬局薬店で販売されているおなじみの薬を製造しています。
今後も提案型の製品開発に取り組み、付加価値の高い医薬品をお届けしていきます。

配置家庭薬

創業の原点であり、その伝統と信用は今も生きています。
近年健康への意識や関心が高まり、セルフメディケーションを重視する視点から配置家庭薬の役割が見直されています。
このような現状をふまえ、安定的に医薬品をお届けしていきます。

富山の薬の歴史

1690年(元禄3年)富山藩二代目主前田正甫公が江戸城に登城した時のこと。
諸大名が居並ぶなか、江戸城の大広間で三春藩主秋田輝季公が激しい腹痛を訴えて倒れました。
前田公は肌身離さず持っていた自分の印籠から薬を取り出して勧めたところ、たちまち腹痛が治まったと言われています。
あまりの薬効の早さに驚いた諸大名たちから「自領内で販売してほしい」と申し入れが相次いだことから始まったのが富山の薬業といわれています。

かぜピラ誕生秘話

東亜薬品の看板商品ともなっている「かぜピラ」。
このかぜピラには長い歴史があります。

「かぜピラ」というネーミングは発売当初に含まれていた「ピラビタール」という解熱鎮痛成分より「ピラ」と付けられ、当時は”解熱鎮痛剤”として発売されました。
後に処方が変更され、現在の”総合感冒薬”としての「かぜピラ」となります。

昭和27年には40万帖を販売したという記録が残っております。
パッケージの獅子頭は「獅子舞に噛まれると風邪をひかない」など縁起のよさより決まったとか。
この獅子頭は富山の画家によりデザインされておりますが、その際に使わない正面以外もデザインされた獅子頭まで実際に作成したと言われています。

ピラ
発売当時のピラビタール処方の「ピラ」このころの金額は40円でした。